早慶戦〜優勝決定戦と斎藤佑樹の言葉

早稲田大 10 - 5 慶応義塾
神宮球場 観衆36,000人


今数えたら、僕が今年観戦した野球の試合は30試合を超えている。しかし、今年行った中では最も行ったかいのある試合だった。

早慶戦50年ぶりの優勝決定戦。空は紺碧の空。元々11月3日はスポーツイベントが神宮で固まっており、秩父宮ラグビー場では大学ラグビーの早稲田x帝京と慶應x明治、国立競技場ではJリーグのナビスコカップ勝戦が行われるが、そこへこの試合である。神宮はものすごい人出になると思っていた(結局、この日は合計9万6千人の人出)。
球場に朝10時前に着くと報道のカメラが何社も来ており、空にはヘリが何機も飛んで大観衆をとらえようとしていた。試合開始3時間前だというのに、バックネット寄りの内野席はまたも満員。再び外野寄りの席に追いやられることになった。開始まで3時間、応援団はひたすら出し物(コントやバンド演奏)を続けて盛り上げる。そのうち早稲田のメンバーが練習を始め、ブルペンは斎藤。ただ、今日は3人で短いイニングで回すだろうと思っていた。始まるまでは。

13時の試合開始と同時に、早稲田の打線に火がつく。中2日登板の竹内大助を連打で攻め、まず犠牲フライで1点。さらにランナーを進め、計6安打で3点を挙げる。3日前には打てなかった相手に一気に猛攻をしかけて主導権を握ったのは大きかった。
その裏、斎藤の投球を見て思ったのは、「テンポがいいな」ということ。初回はそれほどストライクが先行しなかったがテンポがいい。3日前より硬さが取れていた。直球は140km台前半といい感じだ。
早稲田はそれ以降ほぼ毎回ヒットでランナーを出し、竹内を3回でマウンドから降ろす。ただ、あと一押しで返せず、ちょっと残塁が多い感じだ。
3日前より観客の溜まるペースは速く、外野席は最上段まで立ち見で埋まるなど完全に満席になった。もうマイナー野球でも何でもない。こんな観衆の中で試合ができるのだから、やってる選手は幸せ者だと思う。
こんな大観衆の中で力を発揮できるのは、何かを持ってる証拠なんだろう、5回、ランナーがいる場面で斎藤が二遊間にタイムリーを放つ。もう一押しというイニングが続いただけに貴重な1点。守備でも内野はよく併殺を取って盛り上げる。いいサイクルだ。

中盤から斎藤は変化球のストライクがよく入りだし、落ちる球で三振もよく取っていたが、見逃しの三振も取っていた。5回、6回、7回、とイニングが進むにつれ、僕のまわりでは「ノーヒットノーランをやってしまうのか」的な会話がちらほら聞こえてきた。条件は揃っている。自分がタイムリーを打って乗っていたし、内野はファインプレーと併殺で盛り上げてもいた。要素は十分にある。
7回まで、本当に打たれる気がしなかった。歴史的な決定戦と大観衆の中で?やってしまうのか?あと打者は6人に迫っていた。
8回、三塁強襲のゴロを見失いエラーでランナーを出す。続いて、一塁手が平凡なファールフライをグラブに当てて落としてしまう。8回に入ってみんな意識してしまったのか。
次の打者、三遊間を抜けるヒット。スタンドはため息に包まれた。
中2日の登板のうえ、大記録の可能性がなくなって緊張が切れたのか。4連打を食らう。最後の伊藤隼太の打球はあわやバックスクリーンへ飛び込むかという当たりだった。ここで残念ながら降板。

慶應のスタンドは大盛り上がりになるも、同僚・大石が三振にしとめ流れを断ち切ってくれた。
9回、投手の少なくなった慶應をヒットと四球で攻め、押し出し四球とタイムリーで突き放した。これが、あの連敗したチームと同じとは思えなかった。打てない時はまるで打てないが、やるときはやる。ここへ来てとうとうやってくれた。
西武のドラフト1位、大石達也。渡邉監督は先発で育てるつもりらしいが、ここにいるファンにとっては早稲田の大魔神である。最速151kmで全く寄せ付けない。最後の打者の時、僕のいるスタンドは総立ちになった。三球三振。
野球観戦で、これほど拍手で手が痛くなったことはなかった。

胴上げの後、オーロラビジョンが映し出され、監督がインタビューを受ける。昨年?からこれが新しくなり、すごく綺麗な映像だ。
続いて斎藤と大石が映る。ものすごい大歓声。
斎藤のインタビューが続き、最後に卒業後の活躍について振られた時に、彼が話し出した。
「最後にひとことだけ言わせてください」
彼はああ見えてしゃべる時はよくしゃべる(笑)
「斎藤は『何か』を持っている、とよく言われてきました。」
「今日、それが何なのか、確信しました」



「それは、仲間です」


クサい言葉だと思われるかもしれない。でも、僕はスタンドで、少し泣けてしまった。歳を取ったせいかな。
斎藤に限らず、アマチュアからプロへ行く選手達は、皆「個人事業主」になる。チームとして活動するがその中身は個人事業主の集まりである。チームメイトは同僚なのであるが、その反面商売敵でもある。
プロの選手の中には、自分の成績こそ一番という人もいる。間違ってるとは言えない。プロだから。
でも、あの松井秀喜は口癖のように言っている。「チームが勝てばいい」って。
斎藤の言葉が本心なら、それをこれからも忘れてほしくない。
プロでやってくのに、そんなんじゃ甘いよ、って言われるかもしれないが。